スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

【雑記】 頼られる相談者になるには?

こんにちは、空也です。

いままでも手紙の中で、さまざまな
コミュニケーションテクニックを紹介してきたね。

さらに本屋に行けば、
「相手とうまくコミュニケーションする方法」
みたいな本が、ごまんと売られている。

なので、君がその気になれば、
人とうまくコミュニケーションをとるテクニックは
いくらでも学ぶことができるわけだ。


ところが、色々テクニックを学んだ上で、
いざ色んな人とコミュニケーションをとろうとすると、
「あれ?うまくいかない?」
「こんなはずじゃなかった」
みたいなことは、たびたび起こる。

特に「相手の悩み相談を聴く」なんていう
シチュエーションでは、学んだテクニックは
すべて通用しない、なんてことも多い。

考えてみればそれは当たり前のことで
相手は生身の人間で、自分の悩みに関しては
誰よりも深く深く考えている。

それを、生半可なテクニックなんかで
聴いて欲しくないわけだ。

悩みを聴く側が、どんなにテクニックを
使っていないように振る舞い、隠そうとしても、
真剣に悩んでいる人には、ささいな事から
伝わってしまい、心を閉ざされてしまう。


将棋の定石をたくさん覚えたからと言って、
それだけでは将棋が上手い人にはならない。

同じように、コミュニケーションのテクニックを
たくさん知っているからと言って、
実際にうまくコミュニケーションが取れる人になるかは
また別の話だ。

コミュニケーションの基礎を覚えておくことは
役に立つけれど、あとは実際に相手と向き合って、
心をこめて接していかなければ、まったく意味はない。

なので、最近の私は、人の悩み相談に乗るときは、
今まで学んできたテクニックは全て放り出して
たった一つのことだけ注意して聴くようにしている。

注意している、たった一つのこと。
それは、

「私は裁判官じゃない。
 私は傍聴人じゃない。
 私は、相手の弁護人だ」

という意識だ。

ちょっと詳しく説明しよう。

悩み相談を聞いていると、ついつい
「それは、あなたが間違っているんじゃない?」とか、
「○○については相手が悪いけれど、
 △△については、あなたも悪かったね」と言う風に
“善悪”を判断したくなったりする。

また、
「それについては、○○しなよ」
と言ったような、強いアドバイスをしたくなったりもする。

でも、悩んでいる相手は、ほとんどの場合
善悪を判断してもらいたいわけじゃないし、
一方的な解決策を提示してもらいわけじゃない。

ということは、悩み相談を聴く私たちは、
相手を裁いたり、判決を言い渡す「裁判官」の権限は、
もっていないと言えるわけだ。

ついつい相手が話すことを裁きたくなる事が
あるかもしれないけれど、
悩みに対してどう行動するかを決める「判決」は、
あくまで悩んでいる本人が出すことだ。

「裁判官」は、相手の中にいるのであって、
悩みを聴く側は、裁判官になってはいけないと思う。



また、相手の悩みが自分にまったく関係なかったりすると、
全然興味を示さなかったり、
応対が上の空になったりすることもある。

さらに、相手が真剣に悩んでいるのに、ついつい
「あー、そんなことは私もあるわよー」
「この前もね、○○・・・」
なんて、自分の話にすりかえちゃったりもする。

相手が悩みを伝えるのに、君を選んだ時点で
(相手との関係を大事にしたいのであれば)
やはり親身になって聴くのが、マナーだと思う。

それを、第三者的気分で
「なんとなく」
「興味があったら聴くけど、つまらなかったら聴かない」
という態度で接すると、やっぱりよくないと思う。

ただ「傍」で「聴」いているだけの「傍聴人」ならば、
悩んでいる相手は、君を選んで悩みを吐露する意味がない。

客観的に聴きつつも、ちゃんと味方であることを
意識すると、相手は安心するんじゃないかな?
と思うんだよね。

なので、
誰かの悩み相談を聴くときは、
善悪を裁いたり、判決を出す「裁判官」ではなく、
冷めた第三者の「傍聴人」でもない、
相手にとっての「弁護人」という意識で
話を聞くのが、一番いいように思う。


実際の弁護士さんが、どうなのかはよく知らない。

ただ、理想的な弁護士のイメージとして

「相手に寄り添い、出来る限りいい判決になるよう
 全力でフォローする」

「相手がどんなに悪かろうと、
 一貫して相手の味方であろうとする」

「守秘義務は、必ず守る」

「相手が落ち込んだときは、励ます」

「どんな判決になっても、
 相手を人として認め続ける」

なんてことが挙げられるんじゃないかな?


色んなテクニックを学んでいても、
「このシチュエーションでは、このテクニック」
「コレコレの場合は、また別のアプローチ」
なんて頭で考えていても、ちっとも相手は安心しない。

シンプルに
「あれ?いま私は“裁判官”になっちゃってないかな?」
「おっと、つい“傍聴人”みたいになっちゃった」
なんて考えると、自分のスタンスが分かりやすい
と思うんだけれど、君はどう感じるかな?

君が、君の大切な人たちにとって
信頼され続ける存在であることを願って。


今回も手紙を読んでくれて、本当にありがとう。
ではまた、手紙を書きます。


空也

 
最新記事
月別 (日付の古い順並びです)
カテゴリ (日付の古い順並びです)
目次 (日付の新しい順並びです)

全記事目次

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。