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【心】 豊かさの種が、トレードでは猛毒

 
こんにちは、空也です。

たとえば君が、
「そろそろ捨てようかな」
と思って服を整理していた時に、
たまたま古い服のポケットから宝くじが1枚出てきたとしよう。

「あー、なんかのノリで、誰かからもらったんだっけ?」

と、記憶をたどりながら、念のため当選番号を
ネットで調べたとする。

すると、なんと1等が当たっているではないか!!

君は突然のラッキーに舞い上がり、
何に使おうか、どこに遊びに行こうかなどと
色々と想像をめぐらす。

そして、ワクワクした気持ちで宝くじ売り場まで行き、
換金してもらうことにしたとしよう。

ところが、売り場の人が君に言う。
「これは、換金できませんねぇ」。

君は不思議に思った後、
「ああそうか、高額当選だから、銀行まで
 行かなきゃいけないんですね!?」
と問うと、

「いやいや、だってハズれてますもん」
と売り場の人は答える。

そんなバカな!!

と、君は宝くじを奪い返すと、
もう一度番号を確認する。

「・・・あ。」

君は気づいた。
その宝くじの番号や組は、一切間違いないのだが、
確認をしていたくじの開催回が違うということに。


もし、君にこんなことがあったら、
どんな気持ちになるだろうか?


もうひとつ、たとえ話をしてみよう。

君が病院で健康診断を受けていると、
医者が残念そうに君に告げた。

「残念ながら、ガンが発見されました。
 相当進行しているため、処置の施しようがありません」。

君はショックに打ちひしがれ、
残された日々を、どう生きるのかを考えてみる。

数日後、検査のために再度病院にいくと
医者が沈痛な面持ちで君を待っていた。

君は医者の前に座ると、医者が話し出すのを待った。
長い沈黙の後、医者が重い口を開いた。

「大変申し訳ありませんでした。
 あなたがガンというのは、誤診でした。
 全く違う人のカルテを、見てしまっていました」

さて、もし君がこんな体験をしたとしたら、
どんな気持ちになると想像できるだろうか?


宝くじの話も、健康診断の話も、
体験をする前とした後で、君の状況は何も変わっていない。

ポケットをあらためないまま服を捨てていたら
宝くじが当たっていたという勘違いすら
体験しなかっただろうし、
健康診断も行かなかったり、別のところで受けていたら
こんな誤診はなかったんだろう。


ここからが、今回の本題。

もともと「なかった」ものでも、
何かのきっかけで体験をしてしまうと、
人はなかなか
「もともとなかったんだから、いいや」
とは思いにくい。

「もともとなかったんだから、いいや」
と思えないことで、
ストレスを感じるようなこともあるだろうけれど、
普段の生活の中で恵まれていることに感謝する
きっかけにもなったりするから、良し悪しだよね。

現実社会においては、
「もともとなかったんだから、いいや」
と思えずに、執着することで、様々な思い出が増えていくし、
全てのことをクールに考えていたら、つまらない人間に
なってしまうだろうから、いろいろ執着するのは
良いと思う。

(クールに考えすぎたら、死ぬ時に
 「もともと生まれてなかったんだから、いいや」
 なんて思いながら死ぬのは、どうだろうと思うしね)


しかし、

トレードにおいては、この執着というのが
プラスに働くことは、ほとんどない。

買った後、急上昇したけれど、結局買値撤退とか、
買った後、信じられない暴落をした後、結局買値まで回復、
なんて経験をすると、

「あの時はこうだったから」
とか、
「今度も、戻るんじゃないか」
なんていう、いらない学習をしてしまう。

何千、何万の値動きのうちの、たった1回の自分の経験に
過大な執着をしてはいけない。


どんなトレード結果であっても、
決済した後は
「ま、そんなこともあるね」
と、執着を手放し、次のトレードに集中する。

そんなクールな見方をしない限り、
トレードで継続して利益を出していくことはできない。


現実世界では人生を豊かにしてくれる「執着」も、
トレードでは、百害あって一利なしの「猛毒」だ。

現実社会で必要とされるものが、
トレードの世界では一切必要とされないから、
トレードで利益を出していくのは難しいんだろうね。


今回も手紙を読んでくれて、本当にありがとう。
ではまた、手紙を書きます。


空也

 
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