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【雑記】 栗の生き方。

 
こんにちは、トレーダーの空也です。

今回の話は、秋の味覚である「栗」が大好きな人は
読まないでください(笑)。

栗について批判的な内容が含まれているので、
それを楽しめる場合は、読んでみて欲しい。


さて。
秋の味覚、栗。

たぶん栗って、原始時代には、すさまじく美味な食べ物で、
たくさんの外敵から狙われていたんだと思う。

実の中では、どんぐりとかと比べて大きいし
味も他の木の芽とかに比べると、はるかに美味しい。
「原始時代のベスト1フード」だったかもしれない。

ここからまたいつものように妄想が始まるんだけれど、
そんな原始時代の栗の木は、こんな風に考えたのかもしれない。

「みんなが私の大事な実を狙ってる」
「誰とも分からない奴らが、平気な顔してパクパクたべちゃう」
「そんなの許せない」

だから栗の木は、自分の実を渋い皮で包み、
それだけでは飽き足らず硬い皮で包み、
さらにイガイガの殻までつけて自分を守ろうとした。

「私を絶対に食わせてたまるか!」
「他の奴らに、おいしい思いをさせてたまるか!」
という強い意志のもと、進化をしていったんじゃないかな?
なんて妄想するんだよね。


でも、個人的には、その進化の仕方は
栗自身にとっても、良い進化じゃなかったんじゃないかな?
と思うんだよね。

たしかに栗は美味しいけれど、
時代が進む中、他にも美味しい食べ物は世の中にあふれてしまった。

イガイガの殻を苦労してむいて、
硬い皮、渋皮を取り除いてみて、やっとたどり着いた実が
「え?こんなもんなの?」
みたいな味ってのは、どうなんだろう?と思う。
(栗が大好きな人には、申し訳ないが)

せめて、ウニくらいの高級感を期待していたら、
こんなものなのかー。となってしまう。


対して、イチゴの戦略は、まるで逆だ。

「どんどん私を食べちゃって!」
「赤いよ、おいしいよ、ジューシーだよ」

と、食べられるためにやわらかい実を提供する。そして、

「私の実には、私の種がたくさんついているから
 どんどん広めて行ってね!」

とする戦略をとっている。
(ま、果物だから、どこまでの思考があるかは
 人間には分からないけれど)

結果として、栗よりはイチゴの方が
世界的に広まっているように思うんだけれど、
どうだろうか?


そして、こんな妄想話を君にしたのは、もちろん意味がある。

人間としての行き方として、君は
「栗のような生き方」と、
「イチゴのような生き方」の、どちらを選ぶだろうか?
と言う話。

自分の持っている技術や人脈、知恵やお金など、あらゆるものを
「誰にも奪われてなるものか」
「他の奴らに、おいしい思いをさせてたまるか!」
と、自分の殻に閉じこもって守り続けるような
「栗のような生き方」を選ぶことも出来る。

逆に、
自分の持っている、ありとあらゆるものを
他の人にも惜しみなく提供するような
「イチゴのような生き方」を選ぶことも出来る。

栗のような生き方をすれば、
自分の周りだけに種を落として、生きていくことが出来るかもしれない。

イチゴのような生き方をすれば、
ほとんどの種は無駄に消費されることになるかもしれないけれど、
自分が思っても見なかった世界が広がるようになるかもしれない。

どっちも君の選ぶ人生なので、良い悪いはないと思う。

ただ、私が個人的に付き合って行きたい魅力を感じるのは
自分を守ることにフォーカスしている「栗人間」よりも、
様々なことをオープンにしている「イチゴ人間」の方だし、
私自身としては、「イチゴ人間」を目指して生きたいな~
と思っているんだ。

自分の持っている技術や知恵、美貌も
時の流れと共に時代遅れになったり、衰えたりもするだろう。

そんな時、守り続けていた君の価値を
「え?こんなもんなの?」
と、がっかりされないためにも、
今出来ることがあるかもしれないよね。

今回も手紙を読んでくれて、本当にありがとう。
ではまた、手紙を書きます。


空也

 
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