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〔雑記〕 “自分で考える”とは?

 
こんにちは、トレーダーの空也です。

トレーダーをやっていると、
自分で考え、自分で判断を下すことが多いよね。

だからなのか、
成功しているトレーダー仲間は、
トレード以外の日常生活でも、
自分で考えて行動することが、ごく自然に
なっている人が多いように見受けられる。

自分で考えて、自分の判断の元に
自分の行動を決め、その責任を負う。

もちろん、その結果マイナスを被ることもあるけれど、
より多くの収穫を得ている人も多々いる。

そして何より、その人らしく生きていることで、
魅力ある人間が多いような、そんな気がする。

君の周りにも、
自分で考え、自分で行動している人はいるだろうし、
そんな人は、カッコよく映らないかな?


ところで、

この“自分で考える”って、
一体どういうことなんだろう?
と、そもそも論で考えたことがあるかな?

「いや、空也さん。
 自分で考える、ってことは
 。。。自分で考えることでしょう?」

それ以上の答えがないような気もするけれど、
そんな当たり前の事を、

「“自分で考える”って、一体なんだろう?」

と、つい最近考えてみたんだ。


もちろん、いろんな答え方があるだろう。

ただ、私自身の中でしっくりきた答えは、

「内容と発言者を分けて考える」

というものだったんだ。


普段生活をしていると、
どうしても、いろいろと やることは多い。

なので、多くの人はついつい
自分で考える手間を省こうとしてしまう。

その結果、
「○○が言ったから」
その内容は正しい、
あるいは間違っている、と
判断するクセが、自然とついてしまっている。

「信頼している○○さんが言っているんだから、
 この話は本当だろう」

「慎重派の○○さんが安心だろうと言っているんだから、
 今回の取引先は大丈夫だろう」

「証券マンが勧める銘柄なんだから、
 そうひどいことにはならないだろう」

あるいは逆に、

「仕事のイロハも分かっていない
 新人が言ってることなんて信用できるか!」

「実績のないやつが作った企画なんて、
 ヒットするはずが無い」

「男なんか信用できるか!」

とかだね。


発言者と、発言した内容をごっちゃにしている時、
たいていの人は、自分の頭ではものを考えていない。

少なくとも、真偽をフィルターにかけてみている。


“自分で考える”ということは、
「誰が発言したか」という現象は無視して、
内容だけを吟味するということだ。

今まで素晴らしい信頼と実績のある人だって、
間違った情報や、もう古いやり方を
君に(悪意なく)提案することもあるだろう。

逆に、まるで実績の無い人だって、
人格破綻者や元犯罪者だって、
素晴らしいアイディアや本質的な哲学を
君に与えてくれることだってある。


「誰が言ったのか?」
「その人のバックグラウンドはどんななのか?」
ということではなく、

「その内容は、本質的に価値のあるものなのか?」
「自分の行動を変える必要のあるものなのか?」
ということを直視することが、
“自分で考える”ということだと思うが、
君はどう思うだろうか?


まぁ、日常生活で起こる全てのことを
自分の頭で考えろ!というのは、
なかなか現実的ではないかもしれない。


ただ、

自分の人生を大きく変えるような出来事に関しては、
やはり自分自身で考えることが大事なんじゃないかな?
と思う。

「親が言ったから、この道に進もう」

「先生が言ったから、あそこに進学しよう」

「会社の命令だから、やるしかない」

「家族が反対するから、やめておこう」

「政府が大丈夫だと言っているんだから、
 まぁ きっと大丈夫だろう」


君の行動の責任や損失を、
発言者は受け持ってくれない。

君が路頭に迷おうが、自分らしい生き方が出来なかろうが、
君が死のうが、発言者は
「だって、あなたが決めたことじゃない」
というだけだ。


ここ一番の出来事の時は、ぜひ
“自分で考える”ことを放棄しないように
お互いに気をつけていきたいものだよね。


今回も、手紙を読んでくれてありがとう。

ではまた、手紙を書きます。


空也

 
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