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〔雑記〕 ナナメから昔話~白雪姫編

 
こんにちは、トレーダーの空也です。


ちょっと前に、昔話をナナメから読んで
その中から成功法則を学ぼう、
という話をしたのを覚えているかな?

一寸法師が成功をした最大の理由は、

「奉公先に長者を選んだ」
「そこで最も活躍をした」

ということだという、小さいお子様には
教育上、話さなくてもいい話だ(笑)


昔話は、それこそ昔から語り継がれているので
一面の本質を我々に教えてくれている。

ただ、そのまま読んでも面白くないので、
ちょっとナナメから読んでみると
また別の本質が見えてきたりするよね。

ということで、君に話したんだ。



そして、

ナナメから昔話を読めるのは、
なにも一寸法師だけじゃない。

他にもたくさんの昔話がナナメから読めるので、
ちょっとずつ紹介していこう。


今回は、『白雪姫』。

グリム童話初出版と、ディ○ニー版など
いくつかの派生物語があるが、
君もあらすじくらいは知っているだろう。


生まれながらに美貌を持った白雪姫が、

自分の継母(あるいは生母)に嫉妬されて、

何回も殺されそうになり、

最後には毒りんごを食べさせられてしまう。

眠るように死んでしまった白雪姫を見た王子が、

毒りんごを吐き出した白雪姫と結婚してめでたしめでたし。

と言う話だ。
(我ながら、ものすごい乱暴な要約だ)



この物語から、私たちは何を学べるか?

まぁ、色々学べるが、今回スポットを当てたいのは
悪役である継母(生母)であるお妃だ。


このお妃は、自分の美貌に自信を持っていて
自分の魔法の鏡に

「世界で一番美しいのはだぁれ?」

と聞くのを日課にしていた。


今までは、魔法の鏡は

「それは、お妃さまでございます」

と答えていたから満足していたものの、
ある日を境に

「それは、白雪姫でございます」

と答え始めたのが、この物語の悲劇の始まりだ。

(ちょっとは空気読めよなー、鏡!
 「少女部門では白雪姫、大人部門ではお妃さま」
 とか言っておけば いいじゃんかよー、
 と思うのは、私だけか?)



この「悲劇の始まり」は、
一体誰にとっての「悲劇」なんだろう?

それは、この「お妃さま」の悲劇以外のなにものでもない。


鏡が「白雪姫が一番美しい」と答えた時点で、

お妃さまは物語と同じように嫉妬に狂うことも出来た。


しかし、

「あらそう。
 でも私は世界で2番目に美しく、
 一番美しい娘を持ち、
 しかも一国の王妃という地位まで持っている。
 こんなセレブったら、世界中に私だけね」

と感謝していたら、話は全く違ったものになった。


また、物語上ではなかったが、もしお妃さまが鏡に

「世界で一番、
 知恵と美貌を兼ね備えているのはだぁれ?」

と聞いたら、間違いなく

「それはお妃さまをおいて、他にはございません」

と答えたことだろう。


お妃さまは、その後の物語で
何回も白雪姫を騙すことに成功している。

逆に、白雪姫は3回も4回も騙されている。

どちらがアホなのかは、火を見るより明らかだ。



さらに、白雪姫が森に行った時点で
白雪姫のことを忘れて、
今の自分の幸せにフォーカスしていたら、
近い将来、まずまちがいなくお妃さまが
美貌ナンバー1の座に返り咲いていたはずだ。


だって、
白雪姫は、森の奥深くで7人の小人たちと生活。

一方のお妃さまは、お城でセレブ生活。


何年か経てば、どんなにもとの顔が良くても、

「ちっちゃいおっさんたちと野山で暮らす白雪姫」

と、

「城でさまざまな刺激と経験と
 他の人たちの視線を浴びて暮らすお妃さま」

ならば、
お妃さまの方が洗練され続けるに決まっている。


数年後には

「よぉ~く見ると顔立ちが整ってるアホな野生児」

と、

「洗練されて、知性も品位もある大人の美女」

になるに決まっているのだ。


なのに、その場の嫉妬に駆られて
白雪姫を攻撃し続けたお妃さまが
悲劇に向かってしまったのは、ある意味必然と言える。



さて。

この「ナナメ読み」から、私たちは何を学べるだろうか?


それは、

「今あることにフォーカスし、感謝すること」

だと思うんだよね。


お妃さまは、今あることをないがしろにして、
今ないもの、今は失ってしまったことにフォーカスした結果
さらに多くのものを失ってしまった。


対して、白雪姫は、
失ってしまったことにはフォーカスせず、
今ある暮らしに感謝して、フォーカスした。

その結果、幸せな日常が拡大していったということになる。


君がどうかはわからないが、私なんかはついつい
「今ないもの」にフォーカスをしようとしてしまう。

「まだ、あれがない」

「前はあった○○が、今はない」

「あの人には、○○が足りない」

「○○さえあればいいのに」


でも、それは大きな悲劇の引き金を引きかねない考え方だ。


それよりも、

「今は、トレードできる環境がある」

「理解してくれる人が、何人かはいる」

「毎日、食べることが出来る」

「なにより、生きている」

ということにフォーカスをしていた方が、
どうも幸せにはなりやすいみたいだ。


こんなことを教えてくれる『白雪姫』。
すばらしい物語だよね(笑)



今回も、手紙を読んでくれてありがとう。

ではまた、手紙を書きます。




■追伸

今回の手紙を書く上で、
「白雪姫」をウィキペディアで調べてみた。

すると、今まで私が知らなかった「新事実」が
色々出てきた。

特に、登場人物の王子様については
驚きの事実が多く、

「お前、白雪姫と結婚する資格ないじゃん!」
「結婚するとすれば、
 お前の従者が白雪姫と結婚すべきじゃん!?」
「っていうか、お前、王子じゃないじゃん!」

みたいな物語もあった。

んー、なかなか面白いもんだねー。

気になったら、検索してみてね。





空也

 
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〔雑記〕 ナナメから昔話 ~ 浦島太郎編

 
こんにちは、トレーダーの空也です。

前回の「ナナメから昔話」、
楽しめてもらったようだね。


君も、

「空也さん、面白い見方ですね」

と思ったかもしれないし

「空也さん、アンタどんだけ
 ひねくれているんですか!」

という、私への「褒め言葉」を
言いたくなったかもしれない(笑)


物事を1方向から見ないで、
様々な角度から見るクセは、トレーダーとして
とても大切な素養だと思う。


「自分と逆のポジションを持っている人は
 今何を考えているのか?」

「いま、この銘柄の様子を見ている人は
 どんなタイミングでエントリーしてくるのか?」

そんなことばかり考えているから、
どんな物語を読んでも、

「これとは、また別のストーリー」

を思いついてしまうのかもしれないね。



さて、
というわけで、今回も「ナナメから昔話」を
見てみよう。

今回は、『浦島太郎』。


これまた、あらすじを言うまでもないけれど、


むかしむかしあるところに

子供からいじめられていた亀を浦島太郎が助けたところ、

亀がお礼に浦島太郎を竜宮城に連れて行き、

乙姫などの歓待を受けるんだけれど、

帰りたくなった浦島は玉手箱を持たされて帰ると、

現世は何十年も経っていたのを知り、

寂しくなった浦島太郎は玉手箱を開けちゃって

老人になりました。めでたしめでたし。


っていうストーリーだよね。
(我ながら適当すぎる)



この『浦島太郎』は、
ラストはハッピーエンドじゃないとも取れるので、
全然成功法則が含まれていないようにも見える。

けれど、少なくとも竜宮城に行ける権利を
手にしているのは「成功」と言えるよね。


では、またいつものように問題。

浦島太郎が竜宮城に行くのに、
最も大切だったことは、なんでしょうか?


もちろん、毎度のごとく「ナナメから」の回答だ。

なので、

「亀を助けたこと」

ではない。


弱者を助けたからって、
確実に良いことがあるわけじゃいんだから、
成功法則ではないよね。


では、何か?

答えは、

「亀からの竜宮城の誘いを受け取ったこと」

だ。



浦島太郎が、完全に善意を通すのであれば、
たとえ竜宮城に誘われたとしても

「いえ、当然の事をしたまでですから」

と、お誘いを固辞するだろう。


たとえば、君が
道に迷っている人に道を教えたとしよう。

その人が「お礼に」と言って、
何かを差し出してきたり、
ご馳走すると言っても、普通は断るだろう?


子供が亀をいじめているのを助けるくらい、
大人の浦島太郎にとっては大したリスクじゃない。

なのに、亀からの「竜宮城ご招待」の誘いを
「じゃあ、お言葉に甘えて」
と、受け取るところに、浦島太郎の「成功」の秘訣はある。


本当の善人だったら、
亀の誘いを断ってさわやかに去っていくか、

「なら、いじめていた子供たちを
 仲直りのしるしに竜宮城に連れて行ってあげてよ。
 みんなが仲良くなってくれれば嬉しいし」

とかいう提案も出来たはずだ。


なのに、いい大人が

「じゃあ、行っちゃおっかな☆」

なんて言って、亀の背中にまたがっちゃうんだから、
ずうずうしいったら、ありゃしない。


でも、

これが成功する人たちの共通の本質だったりする。

自分に提示された価値は、
遠慮しないでガンガン受け取る。

けっこう、出来そうで出来ないことだ。

特に、謙虚を是とする日本人には、
なかなかハードルの高い行為なんだけれど、
その行為が出来るからこそ、成功者は成功するんだよね。





話が若干ずれるんだけれど、共通項のある話なので、
もうひとつ違うエピソードを紹介しよう。


私が仲間たちと飲みに行ったときのこと。

その中の二人が一台の車で来ていて、
どちらか一人はアルコールを飲むのを我慢しなければ
ならないというシチュエーションだった。

ちなみに、二人とも大の酒好きだ。


そんな状況の中、一人が、

「じゃあ、じゃんけんで勝った方が酒を飲めて、
 負けた方が運転すると言うことで」

と提案し、相手が承諾した。


二人でじゃんけんをして、
結果、じゃんけんを提案した方が勝ち、
酒を飲める権利を手にした。


すると、じゃんけんで勝った提案者の方が
相手に言い出した。


「いいよ、お前の方が酒を飲んで。
 俺が帰りは車を運転するから」


その場にいたみんなは、

「え?」

と顔を見合わせ、

「それだったら、はじめから
 “俺が運転する”って言えば良いじゃない?」

と問い詰めたんだけれど、
じゃんけんで勝った友人の反応は、こうだった。

「“権利”は持っていたいんだよ。
 で、その権利を与えてあげたい」


どんだけ上から目線なんだよ!

変なヤツだなー!

と思った反面、なるほどこいつは成功するわけだ、
とも思ったね。


はじめから

「いいよ、俺が運転していくよ」

と言われるのと、

あえて“飲む権利”はあるのに
相手にプレゼントするのとでは、
相手が受け取る印象は変わってくる。

後から考えれば、提案者は失うものは何もなかったのに、
相手には何か「貸し」を作った感じになる。

これは、けっこう深いなー、
と思ったんだよね。



よく、成功者の教えなんかを読むと、

「人生の秘訣は、与えることである」

なんて言葉が良く出てくる。


この言葉は、その通りの意味で、決して

「人生の秘訣は、譲ることである」

ではない、と言うことに注目して欲しい。



人生の秘訣は、自分が受け取るべきものは
堂々と受け取って、その後誰かに与えればいい。



浦島太郎は、受け取るという成功法則は学んでいた。

だから、竜宮城に行く権利を断ったり、
誰かに譲ったりしなかった。


しかし、

自分が受け取ったものを、誰かに与える
という法則は使わなかった。


もし浦島太郎が、竜宮城に行く権利を
完全に自分のものにした後で、
その権利を子供たちや、別の人に「与えて」いたのならば、
また別のストーリーが展開されていたことだろう。



自分が受け取れるものは、きちんと、ぬかりなく受け取る。


やってみると分かるけれど、
これは結構、心理的抵抗のあることだ。

でも、豊かになるためには
必要なスキルのひとつなのかもしれないな、
と思うんだよね。


譲らず、受け取り、与える。


君が今、誰かに譲ってしまっているものは何だろうね?



今回も、手紙を読んでくれて本当にありがとう。

ではまた、手紙を書きます。


空也

 

〔雑記〕 決める前に気をつけていること

 
こんにちは、トレーダーの空也です。

世の中には、
占いとか成功法則とか、普通の商品とか、
様々な分野で

「えー?それって本当~~?」

って聞きたくなっちゃうようなものが溢れている。


個人的には、占いみたいなものも、
成功法則みたいなものも、
自己啓発的なものも大好きなので、
いろいろ勉強してみたくは、なる。

とはいえ、自分の使える時間も労力も無限ではないので、
手当たり次第に勉強するわけにはいかないし、
効果のないものをいくら勉強しても、
自分を成長させるタネにはならないから、無駄だ。



そんな中で、私が気をつけていることは、

「検証できるものは、すること」

ということだ。


過去のデータや、現在の事象によって
検証できるものはしてから手に取ってみる。
ということを意識している。



例えば、ある時

「とてつもなく当たる姓名判断!
 簡単な占い結果は無料」

といったネットでの占いを見つけたことがあった。

簡単な占い結果はお客さんに見せて、
詳細な占い結果を買ってもらおうという商法だった。


たいていの場合は、ここで自分の名前を
入れるんだろうけれど、

「それだけスゴい的中率なら、検証してみよう」

という気持ちになり、私は別の行動に出た。


別の行動、というのは、
すでにどんな人生を送ったのかが
ある程度分かっている人物の名前を入れてみたのだ。

「織田信長」

その占いによる結果は、

「大きな失敗はしない、平凡な人生」

といった内容が出てきた。


ふーん。じゃあ

「松下幸之助」

占い結果は

「家庭を大切にする相」



ま、これだけじゃ分からないといえば
分からないかもしれないけれど、
少なくとも、私はその占いサイトの
お世話になることはなかった。




あとは、成功法則みたいなものとしては、

「ありがとうと唱えているだけで成功する」
「気持ちはこめなくても良い」

と言った成功法則を見たときに、

「おお!
 これは簡単に実践できるぞ!」

と喜んだんだけれど、同時に
これだけを実践しても成功はしにくいだろうな、
とも思ったんだ。


なぜならば、私の目の前で

「ありがとう」

と唱え続けていて、あまり成功していない人を
多数見ているからだ。


君も、よく見ているだろう?
コンビニエンスストアで。


「ありがとうございま~す」


って、彼ら彼女らは、1日何十回、何百回と
繰り返して言っているじゃないか?

でも、
彼らは現時点では、彼らの得たい成功は
収めていないように、私には見える。


「ありがとう」
と、心の中で唱えたり、声に出して言うことは
素晴らしいと思うけれど、

「ありがとうと唱えていれば、
 気持ちがこもっていなくても成功する」

という法則には、素直に従えなかったりするよね。



他にも、

「塗るだけで激ヤセするクリーム!」
「塗ったところが、みるみるヤセまくる!!」

っていう広告見たときは、

「じゃあ、クリームを塗る前に
 クリームがつく手は、ガリガリだな」

とか思うので、購入対象外になる。




「検証」
というと手間がかかるようなイメージだけれど、
ほんのちょっと気をつければ、
気づくことってたくさんあるよね。

君も、何かを試そうと思った時に
一歩立ち止まって「検証」してみると、
気が付くことがあるかもしれない。


今回も、手紙を読んでくれてありがとう。
ではまた、手紙を書きます。


空也

 

〔雑記〕 ナナメから昔話 ~ わらしべ長者編

 
こんにちは、トレーダーの空也です。

君は、『わらしべ長者』っていう昔話を知ってるかな?

ある男が、わらしべとみかんとの交換を皮切りに、
様々な物々交換を経て、最後にはお屋敷を手に入れる、
という話だ。


もうちょっと細かく書くと、

最初、わらしべを手にした男は、
顔の周りにたかっていたアブをわらしべにくくりつけた。

そのアブがついたわらしべを欲しがった子供が持っていた
みかんとわらしべを交換した。

そのあと、のどの渇きに耐えかねていた商人に
みかんを渡す代わりに、その商人から反物をもらった。

そのあと、急病で倒れてしまった馬を持っていた侍と、
馬と反物を交換する。

で、最終的に屋敷と馬を交換したというお話だ。


「あ~あ、いいなぁ昔話は。
 こんなにうまい話なんて、そうそうないよなー」

と君は思うかもしれない。


でも、

君は日々、この「うまい話」を
君自身が実現させようとしていることに
気が付いているかな?


そう、これはまさしくトレードの話以外の
なにものでもないよね?


相手が欲しいポジションと、
自分が必要としているポジションの交換をしていくことで、
お互いのメリットを享受していこうという話だ。

で、
その交換がうまかった人は
最終的にはお屋敷に住めるほど成功する、
と、そういう話だ。


そうやって読むと、
まず最初にわらしべにアブをつけたのは、
初期の原資を作った状況と言ってもいいかもしれない。

また、
アブとみかんを交換したのは、
「もうそろそろ、別の銘柄を物色したいなー」
と思っていた人の株を買ってあげたようなものかもしれない。

のどの渇きに耐えかねていた商人や、
病気の馬を持っていた侍は、

現金化しないと追証で
首が回らなくなったのかもしれない状況だったり、

暴落した株を手放したくなった人と似ているかもしれない。



そして、このわらしべ長者の話を見てもらうと分かるが、
1回として、わらしべ長者だけが納得したり
相手側だけが納得した取引は行われていない、
ということに注目してほしい。

その時の状況があるものの、
双方が納得して交換を行っていて、
結果として主人公であるわらしべ長者が
得をしているように見えている話になっているだけだ。


みかんとわらしべを交換した子供も、
アブのついたわらしべで楽しんだだろうし、

反物とみかんを交換した商人も、
のどの渇きをいやすことができた。

急病になった馬と反物を交換した侍も、
反物を手に入れて喜んだはずだ。


そして、
私は株も同じだな、と思うんだよね。

株を買いたい時は
「この銘柄が欲しいな」
と思って銘柄を買うわけだよね?

誰からも、強制されるわけじゃなく。


そして、株を手放したい時は
「そろそろ現金にして、小遣いにしよう」
「そろそろ他の銘柄を買うために、これは売ろう」
「これは売らないと、首が回らない」

と、様々な事情があるにしても、
「現金化したい」
と思って銘柄を売るわけだ。

これまた、誰からも強制されるわけじゃなく。



その時々のニーズ。

「ポジションが欲しい」

もしくは、

「現金にしたい」

というニーズを満たし満たされしながら、
株のトレードは続けられていく。


その結果として「わらしべ長者」になる人もいるし、
そうでない人もいる。

そう考えると、トレードっていうのも、
奪い合いの精神でだけできているわけじゃ
ないんじゃないかな?
なんて思うんだけれど、どう思うだろう?


よく、
「株はゼロサムゲームだ」
と言われる。

たしかに、いわゆる勝者もできるし、敗者も生まれる。


でも、

純粋に
「ポジションと現金」
「現金とポジション」
という“交換”を、双方が100%納得をして
やっているんだから、
通常の商売と変わらないのかもしれないな、
なんて思うんだよね。


現実世界だって、
「これは価値がある」
という認識のもとにお金を支払う。

その結果が、どうなるかは
かなりの部分で買い手にゆだねられている。


「自分が、どんなニーズを持っているのか?」
「相手が、どんなニーズを持っているのか?」
「そして、この交換はニーズを満たすものなのか?」

そんなことをうまく考えながら行動できる人は、
商売でも、株トレードでも
「わらしべ長者」になれるのかもしれないね。

お互いが、素敵な「わらしべ長者」になれることを祈って。


今回も、手紙を読んでくれて、本当にありがとう。

ではまた、手紙を書きます。


空也

 

〔雑記〕 足りないものは赤っ恥

 
こんにちは、トレーダーの空也です。

突然だけれど、
人が成長するために、もっとも必要な要素って
何だと思う?

「えーと、なんだろう?
 ためになる本とかかなぁ?」

とか、

「いい師匠との出会いじゃないかな?」

とか、いろいろな答えがあると思う。


もちろん、本も、師匠も、セミナーも
我々の成長を助けてくれる大切な要素だよね。

でも、もっと根源的に必須の要素があるなぁ、と
今日あらためて感じたんだよね。


人が成長するために必要な、根源的要素。

それは、

「自分が未熟だと、痛切に感じること」

なんじゃないかな?


もっと簡単に言うと

「すっげー恥ずかしい思いをすること」

と言い換えても良いかもしれない。


人は、というか私は基本的にナマケモノなので、
本当に必要だと思わない限り、現状に甘えてしまう。

「ま、いいか。今でもそこそこうまくいってるし」

とか、

「これ以上は望まないよ」

と、なんとなくナァナァで過ごしてしまう。


というより、現状に何の疑問も考えもないまま
流されるように毎日を送ってしまう事が多い。


しかし、

ある時、何かのきっかけで
ものすごい恥ずかしい思いをしたとする。

その「恥ずかしい思い」は、
他の人にもわかるような赤っ恥でもいいし、
自分だけが気付くようなものでもいい。

とにかく、

「うわ!!!!俺って全然ダメじゃん!」
「よく今まで生きてこれたなー、俺って」

と思うような、未熟な自分を思い知らされるような体験。


そんな体験をすると、心の底から

「もう、あんな思いはしたくない」
「こんな自分じゃ、いたくない」

と思って、ノソノソと学習を始める。


この

「未熟な自分を知る」
「すっげー恥ずかしい体験をする」

という根源的要素がない限り、
どんなにいい本も、師匠も、セミナーも
豚に真珠になってしまうだろう。



もし君が今回の話に「なるほどねー」と思ったのなら、
ちょっと思い出してみて欲しい。

最近、君が心の底から「恥ずかしいーっ!!」と思ったのは
いつ、どんな時だっただろうか?

「ちょっと恥ずかしいかも」
とか、そんなレベルではなく、
もしここがビルの屋上だったら
そのまま飛び降りたくなるような恥ずかしい思いをしたのは
一体いつだろう?


人によっては数日前かもしれないし、
あるいは、もう何年も心底恥ずかしいと思ったことは
ない人もいるかもしれない。

万が一、パッと恥ずかしい体験を思い出せないようならば、
もしかしたら君の成長は止まっているかもしれない。


裸足で逃げ出したくなるような恥ずかしい体験は、

「もう二度と あんな思いはしたくない」

という原動力になる。


そして、学習へのモチベーション維持につながり、
君をさらに大きな人間に変えてくれることだろう。



なんでまた急にこんな話をしたかと言うと、
私自身が今日、すっげー恥ずかしい思いをしたからだ。

新しいビジネスアイディアを実践するために
今まで会ったことのない人と話す機会があった。

そこでいろいろその人に質問されたんだけれど、
けっこう答えられなかったり、
あいまいな答えになってしまったりしたんだよね。

ビジネス上でのコミュニケーションには
そこそこ自信を持っていただけに、個人的には

「うわ!!俺ってカッコ悪っ!!」


と、心の中で叫んでしまったシチュエーションだった。



でも、

そんな経験があるからこそ、また新しい成長ができるし
大きな人間にもなれると思うんだよね。


もし君が大きな恥をかくことがあったら、
それは大きな財産にもなりうる。

ぜひ、うまく活用してほしいな、と思う。


偉そうなことは何も言えないけれどね(笑)


今回も手紙を読んでくれて、本当にありがとう。

ではまた、手紙を書きます。



空也

 
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